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2009年4月

当たってるといえばそうかも・・・・

何気に動物占いと言うタイトルが目に付き、興味本位でとりあえず占ってみた。
本質自体が狼らしいのだが、結果を見ると本当に当てはまる事柄が多くて思わず苦笑いをしてしまう。
特に気まぐれで孤独を好み、集団との適応力に欠けるが、何事も自分流を通してしまい、またそれらにこだわりを持つらしい。
しかも下手なくせに車やタイヤのついているものを乗るのが好きだと言うのもあながち外れてはいないように思う。
しかし、昔から占いとはある意味での人間行動学を集計やデータを集めたものを集約しているので、ある程度該当すると思われるものを箇条書きで出しておくと何かしらの項目は当たっているものであろう。
ちょっと前にブームになった動物占いだが、いろいろと動物にもそれぞれに特性や個性などもあり、長所もあれば短所もあるわけでそれらを一概に良いとか悪いと過はいえないし、また受け取り用によっては長所を伸ばせるだろうし、また自分の性格上の欠点なども直す努力にもつながるのではないだろうか。
たかが占い、されど占いなので、その辺をどのようにうまく利用して自分の生活へ活かすことができるかなのかもしれない。
確かに世の中には時と場合によっては思うような結果と行かない場合もあるだろうが、いずれにしても人は自分自身をあまりにも知らない生き物なのかも知れない。

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明暗の先は・・・

今ちまたで結婚活動や離婚活動などをコンカツとかリカツと呼んでいるようである。
確かに今のご時勢を考えると結婚事態の意味が複雑に変化しつつあるようであるし、また離婚もまた然りで、夫婦間でのお互いの立場が微妙に違うようである。
今日の注目ニュースでも離婚後の明暗とのタイトルが出ていたが、いずれにしてもお互いの価値観や微細な立場の差や物事への考え方などこまごまとの違いにいつしか理解をすることをあきらめて、自分本来への方向を見出そうとする人たちが増えてきているように思う。
またコンカツと呼ばれる結婚を希望している人たちも同じようなもので、昔の理想の相手と言うよりは、今の経済状態を見る限り将来的には不安が残るので、一応伴侶はいたほうが良い程度のものであり、万が一何かがあれば、いつでもお互いの関係を解消をすればよいぐらいの気持ちなのかも知れない。
確かに殺伐として何とも言いがたい気持ちもあるが、今の時代それほど人間関係に深い意味を見出せるとも思えなくなってきている人たちが増えてきているようにも思うが、熟年離婚が増えているのもそのせいなのかもしれない。
昔は一生涯お互いに・・と言う気持ちもあったのだろうが、それがいつの間にかそれぞれに生きる目的が変化してきていることに気付いて、また第2の人生を求めるようになってしまうのかもしれない。
確かにすべてがうまくいくわけでもないのだろうが、コンカツにしろ、リカツにしろすべては決断をした者の自己責任であることは間違いない。

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何となく・・・・

今、ほめられサイトが静かにブームとなっているようである。
最近このような、伝説や故意の日記帳なるものや名前や性別での面白いサイトが人気となってきてるようである。
確かに、今の世の中人を誹謗や中傷したりと何かと他人の悪口などを聞いたり見たりする事が増えているように思う、とは言うものの自分を褒めてくれるわけでもないが、何かと褒め言葉は人を高揚させる働きがあるのかもしれない。
普段、会社や家庭などでの人間関係では出来て当たり前、やるのが当たり前のような態度で接することが増えており、やはり人の褒められることに対する精神的な配慮が少なくなってきていることがこの際との人気なのかもしれない。
ただ、以前にも不満を書き込んだり、慰めるサイトがあったのだが、それもアクセスの増加に伴い、管理者が対応しきれずに残念ながら閉めざるを得なくなってしまったが、人は心のどこかに慰めや励ましを求めている生き物なのかもしれない。
今混沌として先行きも見えず本当に殺伐とした人間関係の中での生活に閉塞感を抱くことが多いし、また何かと希望的な観測すら持つことが難しい時代なので、このような褒めてもらうことで気分的にでも高揚できることに敏感になってしまうのかもしれない。

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もっと早ければ・・・

大阪での少女行方不明事件が最悪の結果となり、今報道関係はそのいきさつや事情についての取材を盛んにやっているようである。
朝のワイドショーなどは常日頃よりの虐待などを報道していたらしいが、通っていた小学校や近所の人たちも、日ごろより虐待をされていた様子を察知していたらしい。
つい最近虐待が大きな社会問題化してきてからというもの、児童相談所などや児童福祉などの関係者が調べたところ虐待の件数がこの数年よりも増加しているらしい。
というよりも今までその虐待行為そのものを告発されていなかったのではないのだろうか、またその疑いがあっても親などが理由をつけて子供にあわせなかったりして保護すべきタイミングを失わせていたようである。
いつもこのような事件が起きると思うのだが、子供は親を選べないし、また血のつながりがあろうとなかろうと親をやる者として子供を育てる義務が生じるように思う。
それすらも全うせずに、暴言や暴力を振るわれたら子供は本当に悲惨なものである。
今、この虐待に関しても社会問題的に大きくなってきているのだが、それでもこのように報告されている数自体はほんの一部の数なのかもしれない。
やはり、親と子はある意味では切り離して考えないとならないように思う。
確かに子供にとっては身近な存在なのかもしれないし、離れることに不安を感じるために彼らを擁護するのかもしれないが、やはり間違っていることを彼らに理解させなければならないように思う。
今回の事件でも、もっと早急な手立てを打てたなら救えたのかもしれないし、またこれに似たようなケースの状況にいる子らを助けなければ、同じ悲劇が起きるように思えてならない。

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実際の評価とは・・・

今、動画サイトにあるアマチュアのオーディション番組での1シーンが話題となっている。
47歳の女性がその番組に出て、見事に合格点を得るのである。
当初、彼女の容貌などから冷ややかな態度の審査委員達であったが、彼女が見事に歌を歌いあげると会場もやんやの喝采の嵐となった。
そして審査員達は彼女に最初の印象を率直に述べた。
やはり人は見かけや容貌で判断をするべきではないし、またそのような意識を持つのもおかしな話である。
以前にも同じような話で男性が出場したが、その時も要望はあまりぱっとしない感じだったが、目の前ですばらしい歌を歌って審査員達を驚かせ、また感動を与えたのである。
人の才能は何時しか地道な積み重ねと希望によってみんなの知るところとなった訳である。
誰しもが子供の頃からの夢をかなえようとし、少しづつ成長して行くにしたがって、その夢が遠のいていってしまうように感じるかもしれないが、少なくとも彼や彼女はその夢をかなえようと地道な努力とそのタイミングをつかんだのである。
やはり人はいつか自分の夢をかなえたい、またかなえようと努力し続けることでそれが実現できる可能性が訪れる時がやってくるのかもしれない。
確かに多くの人たちはかなわない時もある、しかし努力をして一つとして無駄になるようなものは存在しないし、夢が叶わなかったからといってもそれに向って一生懸命やってきたことはいずれ自分への自信となり、力にもなるはずである。
やはり人には夢や希望を実現しようとする意欲がスポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ何にでもそうだが大切なのだと思う。

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自覚の欠落・・・・

ある人気グループの芸能人が酒の勢いで公園で裸になり、逮捕されると言う記事が今朝の新聞やワイドショーなどで取り上げられている。
確かに芸能人とは言え、法的に触れることをしたのだから当然それなりの処罰を受けるべきであり、また当時はかなり酒を飲んでいたと言えども、子供ではないのだから、それなりの酒の飲み方ができるものなのではないだろうか。
確かに人によって酒癖と言うものもあり、楽しく飲むに越したことはない、しかしその勢いのままでの悪ふざけや他人に迷惑をかけるような行いは筒済むべきであり、大人としての酒を飲む上での最低限のルールでもあり、また飲むからには自己責任はあるのではないだろうか。
それにこのような記事が出ると、所属事務所や同じグループの仲間、またファンやCMなどでお世話になっている業界関係者に多大な迷惑をかける結果となることは間違いのないことでもある。
自分は芸能界で売れているので・・などと言うことは一般社会では通用しないし、また今までもいろいろなCMなどでのイメージダウンは免れないはずである。
確かに後悔先に立たずというが、特に知名度が高い芸能人だからこそ今回のような不祥事での記事にはもっと慎重になるべきだろうと思う。
いずれにしてもやってしまったことは元には戻らないだろうから、しっかり反省して出直しをすることが大事なのは当然だろう。

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便利性の変化・・・

今、各新聞社や出版社などのサイトを見ると辞書検索サイトがかなりの数で出ている。
さすがに今の時代便利になってきたものである、今あるだけで44種類の辞書に43万語が横断検索できるらしい。
確かに今の時代、新語や新しい造語なども増えてきているし、また新聞などでも活字だけでは意味が不明なものやその由来などもはっきりしないものも増えてきているだけに本当に便利なものである。
それにサイト辞書だと画像や音声によるものなども関連検索できるので、動物などの鳴き声や色なども理解できるし、またそれに関連した項目なども検索項目で調べることができる。
また、言葉の用例登録なども時としてしらべる必要があった場合などにも便利でいまやサイト辞書はやはり現代の必需品ともいえる耳朶となっているようである。
また、今、小学生の間で国語辞書がブームとなっていると言う不思議な話しがあった。
昔は辞書と言えば必ず一冊はどの家にもあったが、ここにきて静かな辞書ブームがやってきているとは驚きである。
確かにサイト辞書も便利性では申し分ないが、普段、あまり辞書を活用する場面が少ないせいか、辞書とは縁遠くなっている現実を考えると本当に辞書をもう一度本棚から引っ張り出してみることも悪くはないように思える。
いくら時代が進もうと、言葉や用例を知らないで暮らすことはできないわけなので、辞書の存在をもう一度確認するよい機会になっているように思う。

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頭打ち?・・・・

今日のトピックの一覧に携帯電話はもっと下がるとの記事が出ていた。
いまや携帯電話の保有率が高まりいまや頭打ちの感さえある昨今だが、依然として通話料の高さが目立っているように感じる。
確かに今の携帯電話会社はいわゆる回収ビジネスと呼ばれているように端末の値段を通話料に加算をしての料金設定になっており、加入者には非常に代わりにくく、またその明細すらも説明無しではその料金体系がわかりにくいものである。
やはりいまや携帯電話に人気や機能もそれほどの差もなくなってきている時代だけに今度は値下げでのサービス合戦に移行して欲しいものだが、今までも携帯会社はその部分にはあまり手をつけなかったが、これほどの携帯電話が出回っていることを考えればそろそろ値下げへの差別化をはかってもよい頃になっているような気がする。
割引制度も今ではどのメーカーも標準的に採用しているが、いまだに通話料自体の基本料金はいまだに高い感じがある。
やはり基本料金自体を下げることでいっそうの携帯への割安感を出して欲しいものである。

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オークションの幅・・・

日本にインターネットオークション会社が参入するようである。
今まではやはり言語等の問題などもあり、なかなかオークションが国内だけでの売買になっていたようだが、近々その専門サイトの会社が日本語などへの変換サービスをし始めたようである。
やはり、外国では日本製品は人気が高いらしくゲーム機などは定価を上回る値段がつく可能性もあるし、また電気製品や文化に関する物などが出品される可能性も出てくる。
ただ、ここで問題なのが落札しても代金を支払わなかったり、品物が届かなかったりと言うことも起きる可能性もある。
特に国によっては禁止しているようなもの、また法律や宗教上での取り扱えないものなども混じる可能性もある。
しかしこの会社のように自分の出品したものが世界でのオークション取り扱い品となれば、意外な買い手や人気が出てくる可能性もあるわけで、いまやインターネットオークションは世界規模となりつつあり、その幅が広がりつつあるようである。

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むごいことに・・・・

大阪で親子と見られる心中死体が発券されたとの記事が出ていた。
数日前も大学生数人が集団で自殺したらしいとのニュースをやっていたが、いつもこのような自殺の巻き添えを食ってしまうのは子供や家族である。
確かに残してしまうつらさや不憫さもわからない気もしないではないが、子供達や家族にもその後にどのような転機が訪れるかも知れない。
確かに残された家族にとってはこのような身内の最後を知ること事態、心に癒せぬ傷を作ってしまうものでもある。
しかし、自分の都合で世の中うまくいかないからと言って短絡的にそのような結果を導き出すのはいかがなものだろう。
それに親とすれば、子の幸せを願って何があってもそのようなことへの道連れにはできないような気がしてならない。
記事によれば自己都合により仕事を辞めて就職活動をしていたらしいが、このご時勢で就職には就けなかったようだ、また遺書らしきメモにも気力がなくなったとの書置きがされていたと言う。
これからますます解雇者や就職に就けずにあぶれてしまう人達が出てくると予想されることから、このような悲惨な結果だけは避けて欲しいものである。

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楽も苦も・・・・

今日の夜にある有名な女性占い師のドラマをやっていた。
確かに今の時代とは違い、なかなか女性自体の待遇や地位なども低い時代でもあり、なかなか世間でも思うように暮らしていくにも大変な時代だったようである。
それに今も昔も生活を困窮させる原因として借金問題が一番だったようである。
それでも気丈に前を向いて生きている姿をドラマでは描いていたが、人と言うのはいつも良い時ばかりではなく、また悪いときばかりでもない、常に楽も苦も表裏一体のようなものなのかも知れず、また苦しい時らだかこそ前をしっかりと向いて行ける人の強さはすばらしいのかも知れない。
今の時代、何かと行き詰ると投げやりになってしまったり、すぐ死ぬことなどを口にしたりする人間が増えているようにも思う。
確かに時代的な背景のもあるだろうし、世間の移り代わりも早いのかもしれないが、いずれにしても間違いを自分自身で正せる人、また人として成長するには間違えない生き方をするのではなく、間違えてもそこから何度でも性根をすえて前を向けることが大事なのかもしれない。
何かとあのドラマでやっていた時代は一般的にも所得も低く、生活するのにも大変な事が多かったように思う。
しかし、それらを乗り越えてきたからこそ成長できるような気がするし、またそのバイタリティもすばらしいものをもっている人間に変化できるのかもしれない。

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学習が進むかも・・・

今、物理や化学の教科書にゲームやアニメなどに使用する美少女キャラの絵のいわゆる萌えキャラが登場しているようである。
今時代、科学離れや実験嫌いといわれている子供たちが増えてしまい、なかなかその人気を取り戻すのに躍起となっているらしい。
確かに理数系離れが今は進んでいるようで、あまり実験や数式には抵抗感があり、なかなか好きになれないものうなずける話である。
特に素粒子や粒子論などは基礎的な科学や物理の知識がないとなかなか理解することが難しいと思う。
やはりそのような場合の解決策として親しみやすい絵が描いてあったほうが抵抗感が少なくてすむとの事なのだろう。
確かに今は環境的にアニメやゲームキャラなどがいたるところに氾濫し、また普段の生活でも頻繁に見かけることが多い時代でもある。
それに萌えキャラ自体が世間でも認知が広まってきており、ある県ではその地域でとれた米袋などに使用するなど、萌えキャラの勢いにはとどまるところをしらないようである。
去年などはそのキャラクターの大きく拡大したステッカーを車のボディ貼り付けていわゆる痛車とよばれる車が大集合したイベントさえ開催される時代となっている。
そう考えれば今の時代、活字ばかりの本離れも否めないが親しみ安さではこのような本も出てきてもよい時代となったのかもしれいない。

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続けていれば・・・・

今、秋葉敬ユニットの女の子達の解散ラッシュが続いているようである。
一時期非常に流行、その後安定したファンがついていたように見えていたが、イベントなどをしようにも解散をしてしまってせっかくのユニット自体の活動がままならなくなってしまうことが多いようである。
今はなんでもありのパフォーマンス時代だが、それでもアキバ系ユニット自体の社会的な認知度も高く、もしかすればそこから何かしらの成果が得られることもあるとは思うのだが、音楽性やパフォーマンス自体の方向性がこまごまと違うために早々と解散をしてしまっているのが現実との記事。
何事にしても一芸として完成度を高めていくにはたとえパフォーマンスと言えども続けてこその結果としてみる人を感動させたり、またあたらなるファンなどの獲得ができるような気がしてならない。
ただ可愛いだけとか、完成度の低いパフォーマンスならありきたりであり一向に進歩をしないままで終わってしまうように思う。
やはり自分たちで何か目標を立てて続けることに意味や価値があり、結果はおのずと見てくれている人達が出してくれるのではないだろうか。
いまやアキバ系文化の一部とさえ認知されているパフォーマンスユニットなのだから、すぐに解散をせずに根気よく続けて行って欲しいものである。

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聖地の影響?・・・

埼玉県にある神社があるアニメの影響で人気になっているようである。
それもアニメによって描かれたところらしいのだが、その神社が得に目の影響で聖地化されており、いわゆるアニメファンがその神社へ足を運ぶのが人気になっているようである。
いわゆるアニメの聖地巡礼的な存在になっているらしい。
その研究をしたのが北海道のある大学の教授らしいが、ゼミの生徒がそのアニメのファンらしく、ある時にその神社へ参拝をしたらしいのだが、その神社のある町はどうもそのアニメの人気の影響を地域活性化に一役買ってもらうと、聖地巡礼型の地域活性化を計っているようである。
いまやメディアなどやアニメなどで有名な地域などはそれを利用して地域の活性化を計る傾向がある。
やはり地域にとって観光名所となることで、地域外からの集客力を見込んでその活性化の足がかりにするのだろう。
今、ドラマなどもそうだが地域の目玉スポットを各地では売り物にして地域の経済的な資源を目指しているところが増えているがアニメでもその効果は
十分に見込めるようである。
このアニメによる地域活性化への貢献度も影響も無視はできない時代になってきているのだろう。

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全く関係なし?・・・・

この不況の中、イタリアの有名スポーツカーの売り上げが伸びていると言う不思議な現象が起こっているようである。
2008年度の輸入台数でも30.2%もアップしており、揺るがない地位をたもっているようだ。
しかしこの不景気にも関わらずこれほどの売り上げがあるのも揺るがないブランド力があってこそのことなのだろう。
巷ではエコカーなどへの転換が進んでいるようだが、どうもこの世界はまた別もののようで、やはり速さやブランド、また所有する事でのステータスにもつながっているためにその勢いが衰える事はないと考えられる。
今や未曾有の不況が自動車業界を襲っているにも拘らず、これだけの人気が保てるのもこのメーカーが気づき上げてきた実力に他ならないように思う。
確かに車は乗り続けていれば消耗品なども劣化し、また耐久力も落ちては来るのだろうが、またそれはそれで愛着にもつながってしまうものでもある。
やはり使い続けたり乗り続けることで、その魅力が増して、なお人気がますのはこの車ぐらいだけなのではないだろうか。

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求職も楽ではない・・・

新年度が始まって、求人情報を求めにハローワークに人が殺到したようである。
さすがにこの大リストラ時代だけに玄関前には人が行列を作って、長い人だと2時間も待たされたひとがいたようである。
確かに求人条件をクリアできる人であれば、職業を選ばなければそれなりには職に就けるだろうが、やはりある程度年配になると採用どころか求人自体がすくなくなってしまうところだと思われる。
すでにもう完全失業者が10万人の大台を突破してしまい、この先まだまだ解雇をする企業が増えてしまう見込みだとも言われている。
企業もワークシェアリングなどをし始めているところもあり、労働時間を短縮する代わりに雇用を切らない努力をしている所もあるようだが、それにしても努力にも限界が出てくる企業もあるかもしれない。
あるテレビで異業種から自動車関連業界へ参入した企業を取り上げたが、やはり、その企業もメーカーからの注文が激減してしまい、社員への給料の支払いが大変だと頭を抱えている現状を訴えていた。
この影響のおかげで金融からの融資もなかなか借りられず、運転資金がままならない企業もこれからはもっと増えていくことが予想される。
今の時代生活に追われてしまい、これではいくら頑張っても経済的な底上げとは言うものの、一向に経済的な給付金効果は得られないようなきもしてしまう。
やはり、現状を考える限り資金的な対策などのセーフティーネットが必要なのではないだろうか。

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国の面子・・・

今、某国のミサイル発射の話で全国的な話題になっているようである。
しかし、以前からも国際協調すらすることなく、独自の政治ばかりを行ってきた国のようである。
国際社会へのこのような常識はずれの形を取ることには非常に理解をしがたいし、またこのような事をしてなにが国益にかなうのだろうか。
確かにミサイルを飛ばすことでそのミサイルの性能をアピールしたいのであろうが、今の時代そのような行動をとっても何ら国として得るものが無い時代なのではないだろうか。
幸い、この国には残骸等の落下はなかったものの、このような振る舞いがいつまで長続きするのかをしっかりと考えて国策なりを運営するべきだと思う。
このような変な形でのアピールはむしろマイナスとなり、国際社会からのますますの孤立を深めてしまうばかりではすまないであろうし、また後ろ立てを失うってしまう危険性をはらむと言う事をしっかりと認知してからやるべきなのではないだろうか。

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いつも最後は・・・・

あるサイトでのトピックに上野公園に20万人を越える花見客が桜を見物に訪れていたとの記事があったが、いつも花見の時期になると酒の席でのことなのか騒いだり、ゴミの散らかしたりと、マナーの悪さを指摘されたり、またワイドショーなどでも花見客が帰った後のゴミの集積場などを取材してみるとゴミが方々にしかもごちゃ混ぜになって捨てられているのを見る。
もう毎年といってよいほどの問題化しているのではないだろうか。
確かに花見の席で宴会をして楽しく時間を過ごすのは何ら悪い事ではない、しかし、酒の勢いでまわりに迷惑をかけたり、またゴミの片づけをきちんとせずに帰ったり、また分別せずにゴミをだしたりと、最近何かとマナーやモラルを問われるような事が話題に取り上げられているような気がする。
去年の夏も川べりでのバーベキューをしていた若者が酔った勢いで全裸になって川で泳いだり、またあまりの騒ぎように周りにいる家族連れの人達にはかなりの迷惑になっているとのその周辺地域の人達からの通報でTV局が取材に行ったのを見たことがある。
確かに羽目を外すこともあっても良いのだろうが、TPOを考えもせずただ自己満足でまわりに不快な思いや迷惑をかけて良いものなのだろうか。
自分勝手に我が物顔でそのようはキャンプ場や花見の場所ではやはり節度をわきまえての行動が問われるような気がしてならない。
それに社会人としてのマナーやモラルがこのような時に一番分かってしまうもので、年に一度とかたまにだからという安易な気持ちが、時として周りの人達に不快な思いや迷惑をかけてしまうとしたらよく考えなければならないような気がする。
もし、自分達が逆の立場であったとしたらどうなるのだろうと考えれば、そのような無責任な行動を少しは考える時があっても良のではと考えてしまう。

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ペットも大変な時代・・・・

今、犬用歩数系なるものが巷のペット業界に出回り始めているようである。
確かに肥満ぎみのペットを待ちの中でも良く見かけるようになってきた。
しかし、これは飼い主のペットの管理能力の問題でもあるのかもしれない。
ペットは四六時中、餌やおやつを与えられる割には運動量が少ない事が多いのかもしれない。
やはりペットは動物としての運動能力を最低限でも確保しておくべきで、そうする事で長い生きできるのではないだろうか。
過剰な愛情を注いで、食べ物を必要以上に与えて太らせてしまい、ペットの寿命を短くしてしまっては元も子もない。
それにペットは飼い主を選べないゆえに、そのようなペットを見ると逆に可哀想になってしまう。
よくペットは家族同然と言う人がいるが、ペットはあくまでもその動物的な運動能力を残す事で長生き出来るので人間のようなわけには行かないうように思う。
やはり、ペット用であっても元気で可愛いペットであって欲しいと願うのなら、飼い主が積極的にペットの健康管理につとめるべきであるのが当然だと思う。

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苦情問題・・・

最近、テレビでの販売や宣伝番組が増えているが、この番組なので取り扱った商品や販売法のことで、消費者からの苦条件素が増えているとの記事が報道されていた。
確かに健康食品や、ダイエットなどの商品などがおもで、すぐにでも効果が現れるような感想を放送してしまうためにテレビを見ていた人達が心理的にそのような思い込みをしてまうのだろう。
確かによい商品だとは思うが、やはり個人的な体質などの問題もあるだろうし、まして体に直接影響するのだから、商品に対しての安全性も充分に考慮すべきだろし、また販売方法やそれに伴う支払いなど、また解約などに対するアフターも充分考慮して放送すべきなのではないだろうか。
確かに直接手に取り商品を確かめられるわけではないで、その辺の事情を考慮すれば返品等の対応もしっかりとしてもらわなければならないだろうし、また商品も番組で宣伝したようなものに関しての疑問や不安を招かないようにして欲しいものである。

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エイプリールフール使用?・・・

今日は4月の1日なので、なぜかウチのブログ妖精君はハイテンションな嘘を連発してくれるようである。
確かに今日は嘘をついても良いがあまりきついものだと、人によっては真剣に聞いてしまうので本当に困ってしまう時がある。
特に日本人は冗談や洒落のセンスには低い傾向があるようで、遊びのつもりで言った言葉に真面目に受け止めて答えてしまう人が多いように思う。
やはり外国のように遊び心が少ないせいか、冗談が冗談ではなくなってしまっているのである。
よく海外トピックなどでは家を変な建物にしたり、自動車やペット、また自分の格好などを奇抜なものに変えてしまう人がいる。
やはり日本人だと外見などを気にするせいか、あまり世間体などを気にしてそのような目立つ事をしたりもしないので外国でのユニークなニュースを見ても真似をしようとはしない事だろう。
ある漫画家の家が、あまりにも奇抜な設計でかつ独特な色使いなために近所から建築の差し止めなどの要求があったようであるが、これがもし外国だったらどうなっているだろう、おそらく「これもあり」的な受け取られ方をしたのではないだろうか。
日本人は昔から目立つ事を嫌い、また目立ってしまうことになぜか抵抗感を抱く国民性なのでほとんどの人は奇抜な事や目立つ事をしないのである。
別に奇抜や目立つが悪いというのではなく、それをセンス良く活かしながら生活をすることになれていないのではないだろうか。
そう考えると奇抜や目立つ事を活かして生きることもそれほど悪い事ではないような気もするが、「郷に入らば郷に従え」のことわざどおり何事にも一般的が可も無く不可も無い無難な生活なのだとおもう。

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