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2009年2月

不景気の余波・・・・

大手百貨店のが生活用品全般の値下げを表明し始めている。
去年の秋ぐらいからどこの自動車や家電業界でも値下げ競争が激化している所である。
巷で100年以来の大不景気時代だと報道をされているが、100年前の不景気自体をしらないので、一体どこまでこの状態から景気が後退するものやら理解するのが難しいところである。
確かに国自体の不景気ならともかく、今は全世界の経済状態が同じようなものなので、本当に厳しい。
時折トピックスに入ってくるニュースも海外の変わった理由でのリストラや、それに反対する労働者のデモのニュースが多くなって来ている。
またそれに関連付けて企業の運動関係のチームの廃部や出場の見合わせなども続々と続いているし、数日前にも企業が宣伝広告にかけるCM料が4%程度平均で少なくなってきていると言う。
やはり、最大の有力CMは何と言ってもインターネットのようだが、それでも企業の広告料は軒並み減り続けているようである。
今、全ての関連企業が縮小や閉鎖を余儀なくされており、黒字となった企業などはほんの一握りにしか過ぎないだろう。
このままどこまで低迷を続けるのかしらないが、この状態が続くと不景気による「うつ」や「自殺」が増える可能性があると精神衛生学の学者が言っていたのを思い出した。
やはり、何かしらの大掛かりな防護策を早急に打つべきなのではないのだろうか。

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大波乱の予感・・・・

今日のトッピックである芸能人を霊視する番組で死んだ父親の事を霊視したとの結果を番組で放送したが、実はその父親は生きているというものであった。
意外にその番組自体の視聴率がよいのか、よく有名人を招いては霊視をしているようである。
その番組は以前にも週刊誌に霊視は偽装なのでは、との疑いを持たれた事もあるらしいが、信じている人にとっては疑いすら持つはずもない。
もしかすると、この一件で大波乱の論議が巻き起こりそうな気配すら感じる。
以前にも、お笑い芸人のブログが事実無根の記事で炎上したばかりである。
今の時代、テレビのバラエティ番組よりも一番敏感に記事に反応するのがインターネットの世界でもあり、また一端火がつくとなかなか消え難く、いつまでもそれをネタに噂が飛躍していくと言う悪い一面すら持っている。
それに、その霊視をした芸能人には義理の父親がいて、その親が交通事故で亡くなっているのだが、その事をその霊視者は知らなかったのではないかと言われている。
いずれにしても事の真偽は分からないが、無責任な報道も困りものだが、あまり多くを語ると、事実とは違うものも出てきてしまうこともあると言えるようである。

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意外な面白さ・・・

今日のブログ投稿記事を探しているとキーワード検索に物理シュミレーションとの単語が出ていた。
一体なんだろうと思って、クリックしてみると、いわゆる物理動画もので、物が落ちる様子や、棒が倒れたり、布が風になびいたりと言う、ものや人の髪の毛など、自然的に物質が物理的な現象をシュミレーションして映像化しているものであった。
昔はCGグラフィックなどは制作するのに非常に手間がかかり、大変な作業であったが、今の時代はその物理的な関数などがまとめて入力できる時代となり、驚くほどに時間の短縮が出来る時代となっているようである。
今は映画などでもCG合成画像などが主流を占めているが、その昔はなかなかPCの精度なども良くなかったために、ストーリーの表現には大変な事が多かったのではないだろうか。
特にSFものなどを制作する場合は異次元空間などを表現するにもセットを上手くあれこれ細工して作品を作っていた時代もあり、今では基本的なセットさえあれば簡単にその動画同士を合成したりできるのだから、技術の進歩と言うのは本当に早いものである。
それにゲーム機などもムービー部分などの構成も昔はポリゴンなどを使用して動きなどもぎこちなかったが、今のゲーム機などは本当に3D表現化が進み、髪の毛や手の動き目の瞬きなどに至るまで、細かな動きさえも表現が出来るようになっている。
あまり学生の頃物理と聞くと、方程式やら何やらと面倒な計算式が多くて試験などは苦手意識が強かったが、このうような動画画像になると、意外と面白くて物理の世界もそれほどつまらないものではないようである。

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考えようによっては・・・

カナダのある青年がインターネットで大きなクリップと物々交換をしながら、一軒の家を手に入れるまでを目標にして条件つきながら目標を達成したとのニュースを見た。
いわゆる現代版わらしべ長者とも言える話であるが、その彼が今日本にきているらしい。
この国は高度経済成長以来、何かと新品のモノを購入しては消費し続けてきた国である。
物が豊でバブル期までは本当に生活自体も物にあふれていて、不自由と言う言葉を知らないのではないかと言うほどの状態であった。
しかし、アメリカのなどの経済不安がきっかけで日本にも影響が出始めた今年はインターネットの世界も様変わりしてきている。
いわゆるネットショップとは別に不用品を交換しようとするサイトや、高級品を物々交換で借りたり貸したりするサイトがここ数年増加していると言う。
確かにいくら高いバッグや靴、スーツなどを購入しても一年にどれだけそれを身に着けて歩くかと言われれば、何かの集まりやパーティーなどできるだけで後はたんすの飾りになっている事の方が多いぐらいである。
そこで必要な時に交換したり、貸し借りを知る事によって無駄な出費を抑えながら生活をしようとしているのである。
確かにベビーカーなども一年もすると子供が大きくなり、それほど使用する頻度も少なくなってしまうだろうし、チャイルドシートなどもおなじようなモンである。
また、生活用品なども普段はあまり使用をしていないものならいずれ劣化したり、不用だからとリサイクル店に持っていっても、評価額がことのほか安かったりして売り払うのも気が引けると言う時には一番なのではないだろうか。
意外と身の回りのモノを見たわしてみると、そのような不用ではないが、売り払うのも考えてしまうようなものを貸し借りをする事によって、有効に使ってこそ役に立つというものなのではないだろうか。
今、日本人より外国の人のほうが「もったいない」と言う言葉を知っているように思う。
やはり、捨てる前にもう一度有効な利用法を考えてみる事の大切さを思いなおすよいタイミングとなるように思う。

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値下げの効果・・・

ある大手グループ系の自主企画製品1700品目の値下げをすると発表した所がある。
確かに今の平均的な所得自体が低くなっており、買い物への影響は少なからず、必需品を除いていは軒並み売り上げが低迷しているようである。
今、スーパーなどのグループ系企業は各社が自首企画製品を作り、しかもブランド品よりも2割から3割ほど安く提供しているようである。
自分の近くのグループ系列のスーパーなどもあらゆるものが自首企画製品に置き換わってきている。
今、PCの世界でも過激な値下げ競争が起きており、大変な時代となってしまっている。
ある急成長している外国製のPCなどは3万円の値をきってしまっている。
元々は国外のPCのマザーボードの製造を請け負っていた会社なのだが、やはり部品だけの製造ではこのままだといつか受注が減ってしまう事を危惧して、いっそのことPCを制作してしまおうと言う事になったらしい。
そこでも日本の企業で製造しているマザーボードに比べて、格段に安いことが強みである。
部品なども日本が使用している物よりも、品によっては4割から7割も安く納品されているようである。
その会社の担当者はマザーボードの製造工場の強みを生かして部品を調達するためにうちの会社ほどの値段でPCを作る事は難しいだろうと自信を見せていた。
いかに部品を安く調達するかと言う事に注目をし始めて、その会社で取り扱う優位性を生かしたのだろう。
今、日本でもそのPCの売り上げがここ最近はうなぎ上りに上がっているようである。
昔は安かろう悪かろうだったのだが、最近は製品の質も向上して、かなり日本の製品に肉薄できるほどの性能差が縮まってきているように思う。
今年に入ってなおも経済の状態は伸びるどころか逆の結果になってしまっている有様である。
ちょと質は落ちても安いものがもてはやされる時代がここ数年は続きそうな気配である。

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日本映画も・・・

日本映画の「おく〇びと」と言う作品がアカデミー賞の外国映画部門で受賞をしたらしい。
以前もアニメ作品での受賞はあったが、今までにない快挙であると同時に、やはり外国人の感性にも通用する作品が増え始め来ているのかもしれない。
やはり人生の最後に迎えるのは「死」である。
これだけは避けて通る事のできない事でもあるし、またこのような題材を丁寧に撮って作品にした監督なども賞賛されるべきだろう。
以前から日本作品は暗いとか地味だとか言われてきたが、この数年、和食ブームなどの影響などもあり、和文化が世界でも認知され易くなってきたように思う。
確かに外国映画はとにかく派手な演出などが多くて、火花がとび、建物を壊すような作品が多かったかもしれない。
確かに娯楽作品としての映画だとそれでもよいのだが、やはり映画をメッセージ性を持たせて撮るのであれば、今回のような題材も決して悪いテーマではないと思うし、また外国作品でも近頃はこのような感じの作品が増えて着ているように思う。
よくヨーロッパなどの作品は静かなものが多くて、また撮り方も綺麗なカット割り、になっているものが多いうような気がする。
意外と、日本映画とヨーロッパ映画とは、ストーリーの演出や撮り方が似ているのかもしれない。
最近はレンタルなどで見る人達が増えてしまい、閉鎖される映画館も増えて
しまって映画館離れが進んでいる現状だが、今回のアカデミーの部門別での受賞を機に、少しでも映画を劇場などで見る方が、小さなテレビなどの
画面よりその楽しさや面白さや細かな表現まで見て少しでも映画へのファンが増えてくれる事を期待したいものである。

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医師の技量?・・・・

今日の夜、うつ病に関するテレビ放送をやっていた。
長年うつ病に苦しみ、薬の効果があまり感じられずに布団の上に半病人状態でうつと向き合う人などを放送していた。
また、違う医師へ出向いて診察を受けて結果8年に及ぶうつ病から幸運と表現してよいのだろうか、順調に回復をした人もいる。
うつ病専門の精神科医にある患者の処方された薬を持っていったところ、不安神経症などの同じような効果のある薬が2・3種類も処方をされ、またうつ病の初期ではあまり副作用がきつくて本来なら処方はされるような事もない薬をだしている医院もあったそうである。
どうしてこのような病気の見立てや診断の技量に違いが出てしまうのか不思議でならない。
また、あるうつ病患者が新設で開院した精神科医を受診してみたところ、あまり詳しい診察もせずにいきなり首に注射を打たれて、薬も処方箋も出さずに、自分の見立てのみで投薬されてしまったケースなどを取り上げていた。
その医師の経歴を調べてみると、ある国立大学の病院で全く診療寡黙が違った寡黙なのに、自分で精神科医を開業してしまったとのことであった。
その医師にテレビ局が取材を申し込むと、受付が一方的な意思の都合だけを述べて電話を気ってしまったのである。
また、向精神薬やどを卸している製薬メーカーに言わせれば、内科や外科などと違い、精神科などは開業にはそれほどコストがかからずに済むために開業をしてしまうケースが多いそうである。
またうつ専門医が外科や婦人科などの医師を対象にうつの講習会を開いた所、やはりうつに関する知識や認識が足りずに患者への理解不足である、医師自身などの発言すら聞かれたほどである。
今、うつ病患者予備軍と思われる人間が約100万人いるといわれているが、一刻も早くこのような診断、治療技術の向上を目指して欲しいものである。

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久々の御呼ばれ・・・・

明日は知り合いの結婚式があり、遠方まで出る羽目になってしまった。
しばらく結婚式など出た事がなかったが先月の中頃に招待状が来てしまった。
確かに以前大変お世話になった人なので、やはり出席するべきであろうし、結婚式は人生の一大セレモニーの中の一つでもある。
人生の中でやはり皆から祝福をしてもらい注目される時と言うのは、この時を除いて余りないように思う。
今は本当に結婚そのもの自体の数が減ってきており、また晩婚化がかなり進んでいるために式場を経営する方も大変な努力が必要となってきているようである。
今、その晩婚化に歯止めをかけようと、変わったお見合いがあり、当の本人が出席するのではなく、親が子供の写真と履歴書を持参して紹介をし合うお見合いが今静かなブームになっているらしい。
確かにそれも現代社会ならではのことらしいとうなずける、また婚期を逃してしまった人達にも今はそれなりのお見合いパーティーを設定する結婚相談所などもあるようだし、今、結婚にまつわる様々なビジネスが出始めている。
このインターネットの世界でも、出会いを求めて結婚活動をする人達が出始めている。
いわゆる婚活と呼ばれるものである、しかしインターネットは相手の肩書きも生活環境も収入もあまりはっきりとは分かり難い人なども登録してしまう事もあり、いわゆる出会い系なのだが、あまり信用のほどはと言えば、それなりに楽しめる程度辞めておいたほうが良いのかもしれない。
確かに、真面目に交際を考えている人達もいるだろうが、それを目当てにしてよからぬ事を考えている人間も紛れ込む事も考えられる。
いずれにしても、人の相性などや出会いなどは自然に訪れる方が良いと思う、「出会った頃のとは違う」などと不平や不満を言ってもそれは相手は元々そういう人間だったことについ気づかず、お付き合いをしてみたら・・・となる可能性だって充分にあるので、人との付き合いは充分な余裕を持って付き合う事に越したことは無いと言える。

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迷走企業・・・

数日前に地元の電子機器部品の製造工場が今年いっぱいで閉鎖される事になり、新聞の見出しに大きく出ていた。
昔からテレビのチャンネル部品などを製造して、かなり工場としては順調に稼動していたように思えたのだが、やはりこの政界経済の影響を受けているのだろう、テレビやカーオーディオ、携帯電話などを手がけていたようだが、ここに来てやはり経営が厳しくなってきたのかも知れない。
やはり連動式的に企業の規模縮小は免れないようである。
その会社も正社員が数百名おり、非正規雇用社員も結構な人数いたのだが、ここに来て工場の年内閉鎖が決定してしまったがためにまた新たな職場へ転勤するか、見つけるのかの選択を迫られてしまう結果となった。
これにより、地元でのこの企業へ関係する会社や商店などは大打撃を受けてしまう事が予想される。
この会社がある事で、その社員が落す金が店の売り上げとなっていた店も今ではそれが期待できそうもない状況となってしまい、本当にこの先どのような活路を見出せるのだろうか。
今、街の中の商店街なども次々と店をたたみ、閑散としていると言うのに、その上、このような都市部とのパイプを持った工場が閉鎖されるとなると、本当に商工事業の衰退を招いてしまうように思われる。
今、この街の商店なども自らでは経営をせずに、テナントとして他人に貸している店なども増えてきたが、その借り手がおらず、市の中心部も閑散としてしまい、いまやドーナッツのような状態で、街の人口が散らばり始めている。
やはり大きな郊外店への客足の流れが変わり、また商店街離れが進行し続けてしまったためが原因である。
また、市内のあちらこちらに売り店舗や貸し店舗などの看板も見受けられており、本当に商店街の衰退のほどがうかがえる。
このままの状態で後数年もすると、商店街自体の存続が危うくなり、しいては生き残るのは本当に数少ない店だけになってしまうようである。
やはり地域との結びつきが浅く、そして古い商売感を取り払えなかったのもその原因と思われる。
本当に市の中心部の活性化を推進する気があるのだかろうかとさえ疑りたくなってしまうし、時すでに遅しの感も否めないが、今まで何をやってきたのだろうとさえ思ってしまう。

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作戦の効果?・・・・

依然として後を絶たないオレオレ詐欺だが、警察庁のまとめによると、騙されたフリ作戦を実行して以来、今まで11事件で19人を逮捕したそうである。
これまでは何ら対策に苦慮していたように見えるが、これほどまでに社会的な被害を及ぼしてきたが、この騙されたフリ作戦もぼちぼち効果が現れてきたようである。
数年前から架空請求詐欺や、オレオレ詐欺などが頻繁に騒がれていたが、昔から寸借詐欺や結婚詐欺など、いろいろな詐欺と言う犯罪の方法はあったのである。
今の社会情勢から考えても、詐欺が一番横行しているし、人を簡単に騙すのが手っ取り早いと考えているのだろうと思う。
今日の夜に、社会的な犯罪者をテレビ局が直撃する番組をやっていた。
盗聴や盗撮、結婚詐欺また、集団での痴漢や再就職詐欺などである。
まだ、盗撮や痴漢などは現行犯だと逮捕できる犯罪だが、詐欺は当の加害者が返すつもりだ、と開き直られると確たる証拠がないと被害届が出しにくいようである。
テレビである結婚詐欺師を追っかけていたようだが、大学の準教授だと嘘をついて女性から900万円も騙し取っては姿をくらまして、また別のお見合いバーティーで獲物を見つける事の繰り返しをしてたようだが、悪い事と言うのはそう続かないものである。
その被害者を連れて犯人を直撃したが、終始、見苦しい言い訳を繰り返しては借りた金を返すつもりだったと言い張っていた。
人に迷惑をかけずに生きるのが最低限の人としてのモラルだが、このような人の金を騙し取ったり、インターネットのネット販売で品物を注文して金を払わないようなネット販売詐欺など人を騙すことを何とも思わない人間の心理と神経を疑わざるを得ない。
今年はますます経済的に不安定な年になるような予感もするし、こうなるとまた新手の詐欺が出没してしまうような気がしてならない。
確かに用心に越したことは無いが、人を頭から疑ってかかるような嫌な時代になっていかなければ良いのにと思う。

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撤退が続く・・・・

今年の初めより続々と主だった自動車やバイクメーカーがレースの世界からの撤退や休止を表明し始めている。
今まで不況知らずと言われ続けていたが、世界同時不況と言われる今となってはレースどころの騒ぎではないようである。
今、アメリカを中心にどこの自動車業界も売り上げが伸びず、また商品コストの削減や、人員整理などあらゆる手立てをつくしても生き残りが非常に難しくなって来ているところである。
今まで、自動車業界は大排気量、高級感、などを売りにしてきた、しかし近年原油の高騰や石油資源枯渇の恐れや、地球温暖化などの観点から、二酸化炭素の排出の少ない車やガソリン以外の廃油などの燃料で走るいわゆるエコカーや電気自動車などの分野に目が向けられるようになってきてしまっている。
現にハイブリッド車などが今車の中で非常に売り上げを伸ばしている分野の車だろうし、また車の管理や維持などに非常にお金がかかるのでカーシェアリングなどを実践している所さえあるのだから、車の売り上げが伸びや悩むのも仕方のない事であろう。
そう考えると今世界のあらゆる産業や企業が大きな転換期を迎えているのかもしれない。
今までの移動手段に用いられてきた自動車なども内燃機関だけのものから新たな動力を得るエネルギーを見つけ出さないとこれからの自動車業界はもっと厳しい時代を迎える事になりそうである。
確かに今までこの業界はレースに新しい自動車の技術的な部分をつぎ込んでそれを市販車にフィードバックしてきたが、そのレースからも撤退せざるを得ないほど業績が下降していることの現れであるとも言えるだろう。

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悲哀を感じる・・・・

毎年、ある生命保険会社が発表しているサラリーマンが作った川柳作品がまた今年も発表となった。
いわゆるサラ川と呼ばれるものである。
さすがに今年の一位の作品は納得せざるを得ない作品だと思う。
今の世知が無い世の中、本当に厳しい現実と向き合いながら、家庭でも会社でも自分の安住の地を求めて、ひたすら激務に耐えながら作品をひねり出しているサラリーマンの悲哀が感じられた。
まして、去年の暮れから、今年に入って企業の赤字収益や廃業や自己破産、倒産などが相次いでいる、また人員削減や工場の閉鎖なども増えており、まだまだ余談を許さない現状であることには変わりない。
それに、大手企業のあおりを受けて、中小企業の連鎖型として起こる従業員の解雇や事業の縮小などである。
そのような過酷な環境にもめげずに頑張っている人達が苦労して考えた作品だけに、他人事的には見れない部分もあるが、逆にそれを笑い飛ばして頑張ろうとも取れるような作品も多かったように見える。
しかし、いつもながら上位の100位までの作品を見ると、何となく家庭での殺伐とした夫婦間や自分の子供達や会社内でのジェネレーションギャップなど、いわゆる年代の格差などからもいろいろと楽しい川柳が作られているようである。
また、時事的な事に及ぶと年金や定額給付金、また老後などの事に関してが多いようである。
やはり、サラリーマンとしてはせっかく真面目に勤め上げているのだから、定年後はのんびり過ごしたいもの、しかし、ここの所の年金不安が社会問題化してしまい、このままでは自分達の老後へは非常に不安を持っているようである。
願わくば、このサラ川もあまり皮肉や、殺伐とした作品より、出来うれば希望や将来の楽しみなどを歌った作品が増えて来るように願いたいものである。

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アニメフード?・・・・

先週、アニメの中に登場する肉の形をしたステーキが発売された記事を書いたが、とうとうと言うべきか、やっぱりと言うべきか、またもやアニメフードが発売をしているようである。
アニメのエヴァン〇リオンの作品中にでてくる、綾波レイというキャラクターが、作品のなかでラーメンを食べるシーンがある。
その時に、にんにくラーメン、チャーシュー抜きで、と注文をするのだが、まさかそれが本当に商品になってしまうとはアニメの影響力の恐ろしさを知る思いである。
やはり、人気キャラクターだけにその食べるものや使用しているあらゆるものにファンの興味の目は行ってしまうのだろう。
サンプル画像を見たところ、表には綾〇レイの画像が印刷されており、いかにもエヴァン〇リオンファンなら購入したいと思うことは請け合いである。
しかしここまで来ると、たかがアニメフードとバカにでは出来ないようにも思える。
あの作品も公開からかなりの時間が経過しているにも拘らず、いまだに根強いファンがおり、去年もその作品のリメイク版が劇場で公開されているだけに人気や支持をする者がいまだに減っていない事を意味しているようである。
今の時代、アニメは子供が見るものとは限らないし、またアニメだから役に立たない情報や空想の世界だと言い切れないし、また社会的な現象や、歴史などにも活字ではどうしても伝え難い事や、表現し難い所などをコミック化してわかり易くしている本さえあるほどである。
いまやアニメ自体がどこにでもあふれている時代である。
今の首相もお気に入りのアニメの話をしているようだが、活字も非常に大切ではあるが、アニメのようにセリフを入れた劇画的なものであっても伝えるものや内容によっては充分に学習効果が果たせているのではないのだろうか。
以前、ある番組で、男の脳と女の脳と言う番組をやっていた、その番組の中で、子供日本を読ませるのに、男子だけの班は自由な姿勢で自由な場所で読書をさせた、また女子は机を丸い円状に並べて読書をさせてみたところ、やはり共学状態での読書より、その方が読んだ本への感想などが活発に発言が出たという。
つまり、アニメであっても使え方とまた読む環境によっては、非常に良い学習効果を生むと言えるのではないだろうか、アニメだからを決め付けずにまたアニメのグッズなども意味なく毛嫌いしないで、その創造性を考えればアニメの持つ良い効果も評価するに値するのではないのだろうか。

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明と暗・・・・

今日のトピックスに心臓に筋肉が拡張し、肺や臓器を圧迫して突然死の恐れが出てしまう病気があり、その拡張型心筋症という病気で渡米して、心臓を移植しなければ助からない子供のニュースが出ていた。
また一方では渡米まではしたが、移植直前まではこぎつけたが、残念ながら力尽きてしまい亡くなってしまった子供さんの記事もでている。
今、この国では15歳以下の臓器提供が認められていないために、重症の難病にかかっている子供はどうしても外国に行って、治療を受けるか、臓器移植をすると言う選択を迫られてしまう。
また、渡米して臓器移植を受けるまでには約1億1700万円ほどの莫大なお金がかかる様である。
もし、これが日本国内で行う事ができるのであれば、それほどの金額はかからずに済むはずである。
しかし、いまだにこの国での臓器移植に関しては、法律上の問題、宗教上の判断の問題、金銭的な負担の問題、また医学的な問題などの解決しなければならない問題が山積になっている事も事実である。
それに移植を受ける側は一刻でも早くしたいと願っても、提供する側の家族などの感情の問題なども複雑に絡んでしまい、なかなか良い解決策が出てきていないもの事実である。
また、その移植に関しての関連記事には小児外科医では15歳以下の臓器移植に関して検討、との記事が載っていたが、あくまでも移植意外では助からない子供が確実に時間の経過と共に容態は悪くなっている事を考えれば確かに慎重な議論や検討も必要な事は理解できるが、今現在、このような明と暗を分けてしまっている事も踏まえれば、時間的な余裕はそれほどないように思えてならない。
人は必ず「死」を避けて通る事は出来ない、臓器移植とは皮肉な事に、人間が一人の命が失われる事で成り立ってしまう治療である事も事実である。
しかし、その人の死を無駄にするのか、人助けのためにその死を有効なものにするのかと言う、最も重大な決断をそろそろ打ち出しべき時期に来ているでのはないのだろうか、当然人の命がかかっているだけに、軽く考える事は出来ない、がしかし、臓器移植と言う方法を受けて命を永らえなければならない人達も、好んで行う方法ではないわけでないと思う。
今後のこの問題がどのような方向に進むかはわからないが、出来るだけ助けられる命があるとすれば、時間を無駄にして欲しくないと思う。

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バレンタインの前に・・・・

今日は2月13日、バレンタインデーの前の日であるが、その前に13日の金曜日と言えば、言わずと知れた、あの映画の事を思い出す。
結構シリーズ化していて、当時としてはエクソシストなど恐怖映画が次々に世に出始めた頃である。
俗に言うスプラッタームービーと呼ばれるもので、当時としてはあまりの刺激の強さに失神さえしてしまう人がいたほどである。
この映画が先月あたりからリメイクされての登場との記事が出ていた。
何となく懐かしくも思うがあまりホラー映画を見る人はファンを除いて少ないかもしれない。
しかし、よく考えると、現代ではそれ以上の刺激性の強いゲームや映画などが登場してしまい、発表当時はそのインパクトの強さから恐怖・ホラー映画のジャンルに分類されていたが、今となっては娯楽映画のジャンルにさえなってしまうほどなのではとさえ感じるほどである。
あの独特のジャケットにアイスホッケーのマスクは一種のエンターテイメント的な扱われ方さえしているようにも思う。
確かに昔からホラー映画は存在し、ドラキュラやフランケンシュタインなどの妖怪や怪奇ものなどがあったが、現実的な表現をしている作品自体が少なかった。
それが、エクソシストから徐々に特殊メイクの技術などが飛躍的に良くなり、その後ゾンビものや悪霊ものなどが次々に映画化されてくるようになった。
今日のブログを更新する前に、トピックスに13日の金曜日SV山本〇ナとのタイトルが出ていた、何の記事だろうと思い、内容を読んでみると、どちらの映画が関心度的に注目を浴びるかの性が高いか、というような記事だが、その本命の映画のほうより、タレント兼キャスターの山本モ〇ナに質問が集中して作品の発表会見が強制終了となる何とも決まりの悪い場面などの内容が書かれていたが、さすがのジェイソンも噂のタレントには敵わないと言ったことろだろうか、と思わず苦笑いをしてしまった。

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モバオク?・・・

今、キーワード検索をしていたら、モバオクとの項目と、梵字シールが出てきた。
一体なんだろうと見てみると、いわゆるモバイルオークションの略だったのだが、その次の梵字シールとは?と見てみると、人は生まれながらに干支になぞられているようで、その生まれ年の干支によって、守護本尊が異なるらしい。
その今年一年の開運と発展などを願うように、自分の生まれ年の干支にちなんだ梵字のシールがそのモバイルオークションで販売をされているようである。
ちなみに、干支がうさぎ年の人の守護本尊は、文殊菩薩であり、梵字はマンとよばれる文字のようである。
元々梵字はインドのサンスクリットの文字からのものであると言われ、日本の仏教とも密接な関わりがある、と言うよりも仏教自体がインドや中国を経由して日本に伝えられたものであるので、仏教の本家は元々インドである。
日本でもよくアニメにされた、西遊記の中に出てくる玄奘三蔵がインドでの仏教を学びその読みを日本での漢字に訳して伝えたと考えられているようである。
あまり自分も仏教には詳しくないので話題を深くはしない方が良いと思うが、
信仰と言うのは人が生きてく為の心の糧であり、支えでもある。
数年前にある新興宗教の団体が反社会的で未曾有の犯罪行為を行い、救済するような事を言っていたが、本来、人間とは死ぬ事から逃れながら行き続けているわけであり、その人が歩む人生の中には数え切れないほどの苦痛や苦しみ、悲しみや苦労を背負ってしまうのが当然であるとの考えからその苦しみから少しでも解放しようとするのが元々の宗教の基本的な考えなのではないのだろうか。
確かに人それぞれに、宗教への考え方やとらえ方は人によって様々だし、信じるも信じないも個人の自由なのである。
だが、人が生きて行くと言うことは、あくまでも一人では無理なのである、一人で生きているように見えても、どこかで誰かのお世話になったり、その目に見えぬ努力の結果として生きているものなのではないのだろうか。

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何とか食い止めて欲しい・・・・

今日ブログネタを探していると、献血者の現象に歯止めをかけようとの記事を見つけた。
ちょうど今の時期、風邪などをひいて体調を崩したり、寒さのために出かける回数が減ってしまい、なかなか献血者が増えないようである。
ところが秋葉原の献血ルームはここ数年、献血者の数が伸びているのだそうである。
秋葉原と言えば、アニメやフィギア、コミックにゲーム、メイド喫茶などが一大ブームを巻き起こして話題となり、2005年に秋葉原で開設した献血ルームでは、フットケアの女性を呼んで、メイド姿をしてもらい、ハンドマッサージをしたそうである。
確かに周りから「品性がない」との声に一回だけで終了したようであるが、秋葉原ならではの事なのか、ネットにその事が取り上げられると、献血者の数が増え、一度に60人もの人間が集まった事さえあったそうである。
それ以後、占いやメンタルセラピーなどの、他の献血ルームではちょっとお目にかかれないサービスをし始めたところ、毎年、献血者の人数が伸びているのだとか。
今は月に一回の占いとなっているようだが、流行り今の時代からすると若者の献血離れに歯止めをかけるにはこのぐらいやらないとなかなか難しいところなのだろう。
しかし、献血の順番などを待つ間に、待合室などに800冊ものコミックを献血に来た若い人達が寄贈するなどはいかにも秋葉原ならではだと思う。
確かに、大げさなボランティアが苦手な人には、このような方法でボランティアに参加してもらうのも良い方法なのかも知れない。
何かと、世間では「今の若い人達は」と眉をひそめる人もいるが、まんざらそうとばかりは言えないように思う。
やはりボランティアへの関わり方さえ知る事が出来れば、自分なりに考えて行動できる人達も確実にいるのである。
実際にその献血ルームでは開設当初2万2,100名の献血者数だったが、その翌年には3万人になり、次の年には3万人を越えているのであるの何よりの証拠だろう。
確かに献血への呼びかけ法としては昔とはだいぶ変わってしまったようだが、それでも参加をしようとする意思をもって集まった彼らに対しては、むしろ自分達の姿勢を正すべきではとの思いすら感じる。

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ちょっとした人気・・・・

かなり昔のアニメの作品で、原始時代のキャラを現代風にアレンジしたアニメがあった。
その中で主人公が上手そうに食べるマンモスの肉と同じ形の肉が発売されているのである。
確かに現代にはマンモスなどいるはずもないので、豚の骨か何かに、牛肉をまきつけて形にした物らしい。
確かに画像を見ると、アニメに出てきたそのものの形をしており、両端の骨を持ってガブリとかじりつくのは楽しいかも知れない。
それを食べたと言う、あるブロガーによれば、それは去年も発売されたものらしく、今年も300個近くが販売されたようだが、瞬く間に売り切れてしまったらしい。
調理もそれほど手間がかからずに出来るようであるし、何と言ってもその形のディテールには思わず笑ったそうである。
どうゆうわけか、アニメの中での登場してくるあのような食べ物と言うのは本当に美味しそうに見えてしまうから不思議なものである。
おそらく主人公の食べている時の表情が非常に美味しそうなので、そう見えてしまうのかもしれない。
それに子供と言うのは、あのような食べ物が実際に存在しているものだと思いこんでしまい、いつかそれを見つけて食べてみようと思うに違いないのである。
しかし、考えようによっては、アニメに出てくる食べ物と同じ形をした食べ物を作る事で、好き嫌いをする子供などに食べさせてみると意外と治ってしまったりしたら面白いような気がする。
今の時代、食べ物アレルギーなどの関係で、給食も献立自体が複雑化していると言う。
確かにそのような問題もあるが、いわゆる食わず嫌いを直すための一手段としてもちょっと手が込みそうな気もするが、これで治るのであればそのような方法があっても良いのではないだろうか。
要は食べる前からの頭で描いたイメージによって食べる事を避けているのだから、イメージによってそれを治すもの可能なのではないかと考えてしまう。
そこから食べ物への好き嫌いを減らす事によって嫌いな物を克服できるのなら、あながちばかにした物でもないように思う。
いずれにせよ、食事はカロリーやバランスなども大変重要な要素には違いないが、楽しく食べる事が出来るのも必要な事なのかも知れない。

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偽ブログ?・・・・

数日前にお笑い芸人のブログに大変な誹謗中傷記事が投稿されてしまい、いわゆる炎上状態となってしまい、ついに警察沙汰になったばかりだったが、今度は偽ブログまで出現する始末である。
ある記事によるとその芸能人のブログらしき投稿記事には「冬休み」や「テスト」などと、よもや芸能人では書かないであろう記事が出ていたそうである。
確かにネットの世界は匿名性があり、書き込んだ人間を特定すること自体が難しいのだが、しかしあまりに極端な誹謗、中傷や個人を特定できるような事柄、また名誉を著しく傷つけていしまうような書き込みなどでは、場合によっては、以前にもブログに殺人予告を書き込んで逮捕されたように、捜査をされてしまうので、全くの匿名とはいかないはずである。
それに面白半分に偽ブログを開設するといたずらも程度問題でもあるし、当人にとっては本当に穏やかには済まないはずである。
確かにネットには誰でも自由に書き込め、またブログなども開設は自由である反面、それらにはある程度の責任も伴ってくるように思う。
自由だから何をしても良いとは限らないし、また今回の偽ブログや酷い誹謗中傷記事の投稿でもそうだが、せっかく人が自分の知ってほしいことや、興味が湧き、その記事を自由に投稿し、同じ話題などで共感できる人を探そうとすることを著しく妨害したり、また、書き込みを減らす要因となってしまうような気がしてならない。
つまり、自由であると同時に、無責任な記事の投稿や、身勝手で一時的な感情に左右されて他人に迷惑をかけるような記事を書き込むべきではないのではないだろうか。
この自由と責任とは表裏一体でもあり、だからこそ投稿する記事を選び、また誰が見ても、表現そのものなどは個人差もあると思うが楽しい記事や考えてもらいたい記事、また知って欲しい事などを投稿すべきなのではないだろうか。

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どこの家庭でも・・・・

今、卵かけご飯がブームとなっているようである。
そもそも365日タマゴかけご飯、と言う本が発行されるや否やたちまちにそれに火がついて一大ブームとなっているようである。
今では日本各地にタマゴかけご飯屋さんが出店するほどの加熱振りである。
昔はどこの家庭でも朝食にはふりかけと納豆、タマゴかけご飯などがオーソドックスなスタイルであったが、ここにきてまたこのようなブームが起こるとはだれも想像をしなかったであろう。
また、今の朝食のスタイルが年々変化してきてはいたが、パン食よりも朝のエネルギーを補充するにはやはりご飯がブドウ糖の補充には適しているとの考えが高まってきたのもその要因の一部と思われる。
それにタマゴ自体も良質のたんぱく質を含むために、取りすぎなければちょうど体にはたんぱく質の補充ができるメリットもある。
今の時代食育という考え方や、意識が変化してきているのかも知れない。
現代の社会では高タンバク、低カロリー食思考が増え始めてきており、健康に気遣う人が増えてきているその証と思われる。
ちょうどたんぱく質に豆腐のような大豆タンパクとタマゴに含まれる、動物性タンバク質など、たんぱく質も良質のモノを接種しようと考え始める人達が増えてきているのだろう。
いずれにしても、短期間では改善は難しいが、それを長く続ける事によって人間の体は維持できるものだし、また、維持していかなければならない事なのである。
これは食事などに限らず、スポーツでも睡眠でも生活の全てにおいて、自己管理の分野に属する考え方だろうと思う。
病気になるのも、不慮の事故で怪我をするのも自己管理を怠らず気をつけていれば、たとえ何かが起きても、その影響は少なくて済むはずである。
結論として、普段からの自己管理、また管理をしようとする意識もそうであるが、基本的には生活のバランスの崩れや不注意などが、いずれ病気や怪我を招く原因となり易くなるので、体調が普段より思わしくなかったり、違和感を感じたり、不良の場合には無理をせずに医療機関での検査も重要だが自分の食生活や生活のリズムやサイクルの見直しをしてみる事も重要なのかも知れない。

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事実も知らずに・・・

数日前に芸能人のブログにあること無いことを書いて、いわゆるブログ炎上といわれる状態にして悪質な書き込みをしていた人間達が摘発されているようである。
また、その悪質な書き込みで炎上したブログの書き込み内容を鵜呑みにして、周りからもかなりの脅迫じみたような内容の書き込みがされてしまっていたようである。
以前にもプロフで学生が自分の悪口を書いたという事で乱闘騒ぎを起こす事件に発展をしてしまっていることを考えると、やはり事前的には利用前にルールに同意をしてからなのだが、どうもそのルールを守ろうとする規範がおざなりにされてきているようである。
それにあまりにネットに没頭するあまりに、書き込まれた投稿内容が事実なのか虚偽なのかを判断する力が麻痺をして薄れてしまっているように感じてならない。
以前、韓国でそのような悪質な書き込みのために有名女優が自殺をしてしまった事もあったが、やはりこれらにはある程度の判断基準を明確に設けて、規制をしてしまうのもやむを得ないような気がしてならない。
それに、ブログへのトラックバックなどもそうだが、くだらない下ネタなどを書き連ねた内容の投稿も見受けられるようである。
確かにそのような人間ばかりとは言えないまでも、そのような一部の人間のために、ネット全体が殺伐となる事には非常に残念であり、またこれからネットを始めようとする人へは幻滅するようなイメージを持っていただきたくない。
確かに世の中には本当の事を書く人もいれば、嘘を書く人もいる野も事実である。
それにその悪質な書き込みのせいで、当人にも実害的な影響を及ぼす事も充分にあるうるわけだが、やはりこのような書き込みをする人間にはある程度の処罰と言う対応も検討するべき時代になってきているのではないだろうか。
後にそのブログを管理している芸人にはたくさんの励ましの書き込みがあり、ネットの恐さと良さを知る内容のコメントがあったそうだが、やはり何事にも方向性を間違えての使用はすべきではないと言う事に尽きると思う。

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頑張って欲しい・・・

おととい、1歳の子供が拡張型心筋症と言う思い病気で、心臓移植をしなければならなくなってしまい、その渡航費用や手術代などの募金の呼びかけを
していたようである。
その日、別サイトへのブログにその事を投稿し、その救う会のURLを記載したのだが、ある人間からのコメントが入っていた。
その人間が言うには、確かに今のこの国の法律では15歳以下の移植は法律的に不可能であり、また医学的な問題や宗教的な文化の違い、またその子が渡米する事によって、移植を待つ患者のリストが変わってしまうこと、また多額の金で臓器を買いあさっているような国に思われてしまう問題などを書き込んできた。
確かに、これらの問題はいまだに解決を見ることなく、幾度となく検討や論議されてきている。
それに外国と日本では宗教や文化が根本的に違うために、どうしてもドナーになってくれた人への感情的な部分でも受け取り方に違いが出てしまっているのも事実である。
自分のそのブログは、救う会のURLは記載はしたものの、それぞれに個人の考えもあるだろうから、それを尊重して、見る方の判断に委ねたのである。
しかし、誰が好き好んで移植をするだろうか、これも仕方のない選択を余儀なくされての苦渋の決断なのだろうと思う。
もし、自分の家族がそのような難病になってしまったらと、考えると法律や宗教、医学、などの越えなければならないハードルがあるだろうし、また、渡米して、移植を待っている人の順番を変えてしまうことにもつながってしまうので、かなりの精神的な葛藤にも悩まされてしまう事になるだろう。
だが、世の中に完璧な法律、宗教、医学、倫理などある得るのだろうか、と考えてしまう。
それに元々人間など不完全な存在であり、不完全で未熟な者たちの集合体だからこそ、補い助け合っているのであり、その中で価値のあるものを産んだり作り出したりしているのではないだろうか。
確かにその人の意見は正論と言えば正論なのだが、いまだに明瞭な結論が出ぬままになっているのも事実である。
わずか1歳の命をその両親はどんな事をしてでも守ってあげようとする気持を考えると本当に胸が痛む思いだが、今の現状や法律的、宗教的、医学的な条件を考えるとそれしか選択の余地がないのである。
世間ではいろいろと言う人間もいるだろうが、何とか頑張って欲しいものである。

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人気投票・・・・

Niftyのトップページの表に最新化粧品のCMで起用されている芸能人の人気投票項目があった。
さすがに化粧品の会社だけあって、CMの作りもイメージに訴えかけるような作りであり、採用している芸能人もそれぞれに個性のある女性ばかりである。
しかし、よく考えてみると昔から芸能界にはあまり今日になども無く、特に好きな女優やアイドルなどもいなかった。
確かに歌手などはそのヒットソングなどからファンにはなったが、外見的なものでファンになった記憶は全く無い。
よく思春期の年頃になると部屋に自分の好きなアイドルのポスターやカレンダーなどを貼り付けておくのだが、その記憶がまったくとしてやった事もしようとすらした事も無かった、と言うより、時間が過ぎてしまうとアイドルなどと言うものは移り変わりが激しくて、あまりファンなどになりたいと思った事がなかったのが正直な気持ちである。
よく、50年、60年代などは〇〇さんの追っかけをやっているなどと言うと、いわゆるオタク人間扱いされたし、それほどまでして芸能人を見たいとは思ってもいなかった。
それが70年から90年にかけて、テレビの存在、アイドルや女性芸能人の価値や親しみ易さが変化してきて、従来の清楚で可憐なアイドル路線からはファンの好みが変わってきたのである。
確かに今の時代、清潔感があり、それほど気位が高そうでもなく、また親しみ易さがあって、いかにも一般的な価値観をもった感じのアイドルが出現し始めて、今ではクイズ番組などでトンチンカンな回答をしても、キャラとして作られているのだろうと、視聴者受けが良いアイドルさえ出現している。
何にしてもそれぞれに個性的なキャラクターが受ける時代になってきたことには間違いないと思うが、その幅はかなり広くなってきているようである。
また、コスプレアイドルなどもそうだが、いわゆる自分たちと感覚的に共感を持てるほど趣味や好みなどのレベルのアイドルがもてはやされているのかも知れない。

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節分・・・・・

今日は2月の3日、いわゆる節分である。
家の窓を開けて、福は家、鬼は外、との掛け声と共に煎った豆をまく日である。
今は便利なものでスーパーでも煎った豆が袋に入って売られている。
人間誰しもが幸福を願い、災いを避けて暮らしたいとの願いでこの日には豆をまく。
これも古くからの云われによっての風習であり、日本の各地で行われるが、地方によっては海苔巻きのような恵方まきを食べる習慣があり、今年の吉の方角に向って食べるのだそうだが、関東や東北地方にはその習慣が無い。
近くのスーパーでは恵方巻きのそばに方位磁石が売られていて、今年の吉方は東北東なのだそうなので、今年は東北東の方角を向きながら食べるようにするのだろう。
それに、豆をまくにも地方によっては「福は内」としか掛け声をかけない地方もある。
やはり人間何を望むとかと言えば、幸福や開運など裕福で不自由の無い生活であり、家族の健康や安泰を願うのだろう。
しかし、これも考えようによっては、その昔娯楽の少なかった時代を思えば、こうして家族が集まって、年中行事をすることで家族の絆を考えたり、家族のお願い事をしる良い機会だったように思う。
また、行事を通して家族だからこその団欒を楽しむ数少ない行事の中の一つだったのかも知れない。
今の時代のように同じ家にいても、顔すらも合わせなくなってしまっている家庭すら珍しくない時代だからこそ、このような行事の大切さを知るべきであろうし、また親が子に、また子が孫に伝えて行かなければならない大切な事なのではないだろうか。

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増加傾向・・・

警察庁の発表によると、今年死因不明による孤独死した人間の数が昨年より7259名も増えて、去年よりも4・7パーセントも増加している事が分かったらしい。
今、急激に高齢者なども増えており、また親との別居をしている戸数もそれぞれに増えたためとも思われるが、なんとも寂しい限りである。
それに人生の最後をそのような形で終わるとは、誰も予想しなかった事だろう。
以前、ホームレスの人間を見つけては収容し、また病気などの治療に訪問看護をしていたNPO法人活動をしてる女性をテレビで放送していたが、彼らも本来なら孤独な死を迎えてしまっている存在である。
また、昨年相撲部屋での弟子が突然死なども事件性のあるものとしてはかなり話題になった事もあり、人の死と言う物はどのような時に、どのようにして訪れるのか本当に分からないものである。
それにかなり驚きだったのが元アイドル芸能人が自宅のマンションで孤独死を迎えた事である。
まだそれほど人気も落ちていなかったが、早々と芸能界を引退し、普通の人間としての生活を選択して、これから自分の人生を進んでいくのだろうと思われた矢先に突然死を迎えたからである。
しかもあれほどテレビなどに出演しており、知人や友人などに囲まれているのだろうと思ったら、死後一週間も経過してからの発見となったわけで、華やかなアイドルの最後としては何ともやりきれない最後となってしまったわけである。
人間、だれしも最後の時は迎えるもの、だがこのような社会環境や家族形態などを考えると、今後ますます孤独死などのような突然死が増えてしまいそうな気がしてならない。

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忘れていた・・・・

今トピックスやブログネタを探していると、乗法公式なる単語が出てきた。
中学で習って依頼、生活にはあまり縁のないことなので、ちょっと興味が湧き検索をしてみた。
基本の数式が並んでいる、本当に教科書で見た意外に目にすることが無かったので、懐かしいと共に不思議な気持である。
ちょうど自分が育った世代は詰め込み的な授業が多くて、とにかく憶えることが優先され、その成績での判断で順位が決められてしまっていた。
当時、このような公式を解くこと自体にどれだけの意味や価値があるのか疑問を持ちながらも、ノートにせっせと書いては解きを繰り返していた。
あれからかなりの時間が経ち、社会人になってからはほとんど必要としない生活を送ってきたせいで数式を見ながらおぼろげな記憶をたどっていた。
また別の公式の説明ホームページ等を見ながら、「そういえばこう解くんだった」と思い出しては苦笑いをしている自分がいた。
昔はやり方のみを教えるとき方なので、どうしてこうゆう式が成り立つのかを理解するにはいたらずにいたし、またどうしてこの式が必要とされるのかを知るのは高校生になってからであった。
それに数学自体が難解になり始めると非常に抵抗感を覚えならも最低限での勉強をしていた記憶がある。
今から考えると、よく解こうとすればそれほどでもないように感じるが当時としては本当に大変だったように思う。
それに関数などもそうだが、今の時代のようにコンピュータに関数を用いているなどとつゆ知らずに解いてはいたが、今思うとその関数すら今の生活においては役立っているわけで、普段身近に接する事がない為にその重要性すら判っていなかったわけである。
やはり、学問は浅からず広からず、身に着けても重くないものだけにものを知る楽しさを失わずにいたいものである。

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